tukatuku-inotiのブログ

花より男子の二次小説です。 cpはつかつく・総優・あき桜

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Once again~再び~  31.





初釜…年が明けた新年に、茶道のお稽古を開始する日の事。
    新しい年を祝ってお茶を戴く『お稽古始め』の事。



〈此の二次小説『Once again~再び~  31.』は、此方サイドの都合に寄り、『初釜』と
 しての日取り寄りも遅れているとは思いますが、了承の程、宜しくお願い致します。〉



【初釜】


〈総優〉


此の年の始まりを告げる新年を迎えて直ぐの事…。
優紀と、総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀にとっては、西門邸にて、初めての『初釜』を迎えたのだった。


云わば…。
初釜』とは、『お稽古始め』の事…。



だからだったのかも知れない。
総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀は、例え、西門邸にて、初めての『初釜』を迎えたとしても、緊張する処か?
寧ろ、総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀は、「たのしみ(楽しみ)だね!」と、言って除ける位…だったのだ。


だからだったのだろう。
総二郎 と 優紀は、真紀の両親として、そんな言葉を言って除けられる我が娘を褒めて良いのやら、諭した方が良いのやら、複雑な気持ちに成る位…だったのだ。


だが、そんな自身の娘で在る 真紀を傍で見て居た此の時の優紀は、真紀の母親として、独り言ちる(ひとりごちる)のだった。


“真紀は、大物に成れるかも…。”と…。



そして、そんな自身の孫娘で在る 真紀を見て居た此の時の総二郎の父親で在る 西門流 家元は、自身の息子で在る 総二郎に話し掛けるのだった。


「総二郎に相談が在るのだが…良いかな?」と…。


其処で、此の時の総二郎は、普段とは違い畏まったかの様に、自身にそんな風に訊いて来た自身の父親で在る 西門流 家元に対して、警戒し無いでも無いのだが、其れでも、取り敢えず、其の理由(わけ)を聞く事にした総二郎…だったのだ。


「ああ、良いけど…よ。
 何か、有ったのか?」と…。


だからだったのかも知れない。
“総二郎は、私を警戒して居るのだろう。”と、悟った此の時の総二郎の父親で在る 西門流 家元は、ゆっくりと話しし始めるのだった。


「実は、真紀の事なのだが…。
 今年の『初釜』の席で、総二郎が『亭主』を務めて、『半東』には真紀で如何だろう
 か?」と…。



実の事を言うと、此の時の総二郎は、此の年の『初釜』の席で、自身が務める『亭主』の『半東』には、“優紀で…。”と、考えて居たのだった。


だからだったのだ。
自身の父親で在る 西門流 家元から、「『半東』には真紀で如何だろうか?」と、訊かれてしまった此の時の総二郎は、自身が務める『亭主』の『半東』には、“優紀で…。”と、考えて居た事を言い逸れる位に驚愕するのだった。


勿論の事、そんな風に驚愕して居るで在ろう此の時の総二郎の顔には驚愕顔が貼り付いて居たのか?
総二郎の父親で在る 西門流 家元は、自身の息子で在る 総二郎を問い質すのだった。


「総二郎には考えて居た事が有ったのか?」と…。


だからだったのかも知れない。
更に、そんな風に自身の父親で在る 西門流 家元から訊かれた此の時の総二郎は、実は、言い逸れてしまって居た言葉を口にするのだった。


「俺は、実は、俺の『半東』には、“優紀で…。”って、考えて居たんだわ。
 優紀にとって、今年の『初釜』は、西門流で迎える最初の『初釜』だから…な。
 其れに、初めて、夫婦で…。
 しかも、西門流 次期家元 と 次期家元夫人として迎える初めての『初釜』だから…
 な。
 そう考えて居たんだけど…よ。」と…。



実は、自身の息子で在る 総二郎からそんな考えを聞いた此の時の総二郎の父親で在る 西門流 家元は、ふと思うのだった。


“作法としては如何なモノかと思うが…。
 だったら、総二郎が『亭主』を務めて、『半東』は真紀に務めさせ、其の補佐役として、
 優紀さんが務めれば良いのでは無いだろうか?”と…。


だが、此の件に関しては、矢張り(やはり)、自身の妻で在る 西門流 家元夫人に訊いて置かなければ成らない。


何故なら…。
勝手な事をすれば、後々、大変な事に成るから…だ。



其れに、此れ迄の総二郎の父親で在る 西門流 家元は、人から褒められた様な事をして来なかったのだ。


寧ろ、何方かと言えば、【陰口を叩かれる・非難を受ける・非難を浴びる】様な事をして来たと、『自負』して居る位なのだ。


勿論の事、其れだけでは無いだろう。
此れ迄の総二郎の父親で在る 西門流 家元は内弟子から聞いた話しに寄り、此れ迄の自分自身の行いを後悔して居たのだ。


“私の行いで、「家元夫人が非難を浴びて居た事も有りました。」と、内弟子から聞いて居
 た。
 今思えば、責められるべきは、私の筈なのだが…。
 此れ迄の私は、かなり家元夫人に迷惑を掛けて来たのだろう。
 ここ最近の総二郎を見て居て思う事が在る。
 此れからは、そろそろ『嫁さん孝行』をするべきなのだろう。”と…。



だからだったのかも知れない。
自身の息子で在る 総二郎 と 其の嫁で在る 優紀の二人を見て居て、総二郎の父親で在る 西門流 家元は、更に、思う様に成って居たのだ。
漸く、反省の意味も込めて…。


“総二郎でも改心する事が出来、今では、此れ迄の総二郎が噓の様に優紀さん一筋に成って
 居る。
 総二郎の場合は、自分自身が惚れ抜いた相手だったからこそ、其れは其れで良かったのだ
 ろう。
 だからこそ、総二郎の場合は改心する事が出来たのだろう。
 私の場合は、親が決めた政略結婚…故に、何の感慨も無く遊び呆け、『西門流』の事に関
 しては、全てを家元夫人に任せて来た。
 勿論、其れで良い訳等無い。
 私の息子 と 其の嫁を見て居て反省するのは遅いのかも知れないのだが…。”と…。



だからだったのだろう。
漸く、そんな風に思い始めて居た総二郎の父親で在る 西門流 家元は、自身の息子で在る 総二郎に詫びの言葉を口にし乍らも、自身の意見を伝えるのだった。


「そうか…総二郎の思いは分かった。
 此れ迄、私は、随分、勝手な事をして来たから…な。
 申し訳無い事をして来たと思う。
 だが、次期家元夫人としての優紀さんを教育して居るのは家元夫人だ。
 だからこそ、家元夫人の考えを聞いてから、総二郎に伝えるとし様!」と…。


だからだったのだ。
此の時の総二郎は、自身の父親で在る 西門流 家元の意見に従うべく、了承の意を伝えるのだった。


「ああ、分かった。」と…。


だが、此の時の総二郎は、自身の父親で在る 西門流 家元からのそんな話しを聞いて居て、密かに独り言ちて(ひとりごちて)居たのだった。


“変われば変わるモンだよなぁ~。
 今迄の親父は『家元』と言う威厳が有ったからこそ、どんな事でも勝手に決めて、内弟子
 を通して報告して来るだけで、後は任せたと言わんが如く、お袋 や 俺を扱き使って来
 たのに…よ。
 今回は、お袋と相談するって…か?
 ほんと、今の親父には驚愕するしかねぇな‼”と…。



そして、其の後の総二郎の父親で在る 西門流 家元は、総二郎の母親で在る 西門流 家元夫人と相談した事で、「家元の考えで行きましょう!」と、言う事と成り、自分自身の意見が通った事に、実は、ホッとして居たのだった。



そして、実の事を言うと、総二郎の母親で在る西門流 家元夫人は、自身の夫で在る 西門流 家元から相談してもらえた事を喜んで居たのだった。


何故なら…。
此れ迄の総二郎の母親で在る 西門流 家元夫人は、一切、自身の夫で在る 西門流 家元から相談してもらえた事が無かったのだ。


寧ろ、此れ迄の総二郎の母親で在る 西門流 家元夫人は、自身の夫で在る 西門流 家元から無視されて居ると言っても過言じゃ無い程の扱い…だったのだ。


実は、此れ迄、西門流を背負って来た自負の在る総二郎の母親で在る 西門流 家元夫人にとって、例え、夫婦として相談された訳じゃ無くても、現在の自身の夫で在る 西門流 家元からの此の度の相談事は無視されて居ないと、思えるモノ…だったのだ。


だからこそ、此の時の総二郎の母親で在る 西門流 家元夫人は、自身の夫で在る 西門流 家元からの此の度の相談事の話しを聞いて居て、“(自身の夫で在る 西門流)家元の考えに従うべきよね!”と、素直にそう思えて居たのだから…。



そして、其の後の西門流の其の年の『初釜』は、総二郎が『亭主』を務めて、『半東』は総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀に務めさせ、其の補佐役として、優紀が務める事に成ったのだった。



勿論、確かに、三条邸にて開かれたお茶会の場で三条家の大奥様が務めた『亭主』の『半東』を総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀が務めた事は有ったのだ。


だからだったのかも知れない。
総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀が務めた『半東』振りは、誰から見ても堂に入って(どうにいって)居たのだ。


其れはまるで、『半東』を務めた真紀の母親で在る 優紀の手助けは要らないと言って居るかの様にそう思える程、総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀は、しっかりと、『半東』の務めを務め終えて居たのだった。


だからだったのだろう。
西門家の面々の誰もがホッとして居たのだった。



其れは、勿論、特に、「(総二郎 と 優紀の娘で在る)真紀を『半東』に…。」と、提言した総二郎の父親で在る 西門流 家元は勿論の事…。
実の事を言うと、真紀の両親で在る 総二郎 と 優紀の心臓は、『初釜』の場が終える迄、ずーっと、ドキドキと、音を立てて居た位…だったのだ。



だが、総二郎の母親で在る 西門流 家元夫人だけは、招待を受けて、三条邸にて開かれたお茶会の場で三条家の大奥様が務めた『亭主』の『半東』を総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀が務めて居た処を実際に見て居たのだ。


だからこそ、総二郎の母親で在る 西門流 家元夫人は、総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀の『半東』振りについて、“大丈夫でしょう!”と、確信めいたモノが有ったからこそ素直にそう思えて居たのだから…。


そして、また、此の時の総二郎の母親で在る 西門流 家元夫人は、自身の夫で在る 西門流 家元からの「(総二郎 と 優紀の娘で在る)真紀を『半東』に…。」と、言う提言を受け入れる事が出来て居たのだから…。


其れ位に、此の時の総二郎の母親で在る 西門流 家元夫人は、総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀の『半東』について、不安めいたモノは、其れ程、大きくは無かったのだった。



実の事を言うと、其れだけでは無かったのだ。
総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀が務めた『半東』振りを見て居た『初釜』の場に居合わせた誰もが、まだ、6歳に成ったばかりの総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀の美しい所作に感嘆の声を上げる程…だったのだ。


「何と美しいのだろうか‼」とか…etc。


其れ程迄に、総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀は、桜子の祖母で在る 三条家の大奥様 や 現在に至っては、真紀の祖母で在る 西門流 家元夫人からのお稽古を受けて来た賜物なのだろう。



こうして、総二郎 と 優紀の娘で在る 真紀は、西門流での初めての『初釜』を乗り切る事が出来たのだった。

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