tukatuku-inotiのブログ

花より男子の二次小説です。 cpはつかつく・総優・あき桜

NYで会えるなら…<つかつく>  2.



つくしと進は渡米後、おじさんの籍に入り、養子となり、つくしは、大学を英徳大学からNYの大学に編入し、進もNYの高校に編入した。
つくしと進は、NYではおじさんの計らいで、語学(英語は勿論、フランス語・イタリア語・ドイツ語・中国語)を修得し、マナーも学ばせてもらい、英才教育を余す事無く受けさせて貰って、セレブの仲間入りをしていた。


おじさんの名前は…『ロバート・クラウン』
         『クラウン・コーポレーション』のCEO
         (最高責任者も兼ねている。)
         日本で言う所の『クラウン財閥』が前進となる。


つくしのアメリカ名を『ミッシェル・クラウン』とし、既に、大学に通いながら、経営の勉強をする為、クラウンCEOの秘書として働き始めていた。
アメリカ企業での『ミッシェル・クラウン』としての評価は鰻上りで有るが、誰も、『ミッシェル・クラウン』の存在を知らなかった。
将来的には、つくしを『COO』にしようと、クラウンCEOは画策していた。
つくしが、経営に加わる様になってからは、業績も著しく顕著に良い方向に現れ出していた。


また、進のアメリカ名を『ケイン・クラウン』とし、現在は、学業に徹しているが、将来的には、『クラウン・コーポレーション』の担い手として、成長する事となる。



一方で、道明寺HDは、司の頑張りで、道明寺会長が倒れてからも持ち堪える事が出来、業績も安定していた。
やっと、つくしと、向き合えると思っていた時、類がNY出張の折り、司を訪ねて来た。


類から、つくしの失踪を聞いた司は、落胆し、楓に如何いう事なのかと、確認した。


司は、楓の『全てはあなたの為にした事』と、言いながら、楓が話しした全ての言葉に、『今までの頑張りは何だったのか?』と、自分自身で、自分を解釈する事が出来ず、殻に閉じ籠り、表情を表に出す事が出来ず、冷徹人間に成り下がってしまった。


楓の助言は一切、聞かず、暴走する余り、司の評価は、ダダ下がりと成り、誰も手を付けられなく成ってしまった。


この事態を知った道明寺会長は、つくしを調べ上げた。
そして、嘗てのつくしの論文を、フォーラムが行われた会場で聞いていたという、日本支社の専務に道明寺会長は、確認を入れていた。


「その当時、素晴らしい学生が居ると、楓社長に報告書を提出しております。
 今直ぐにでも、取り込む事をお勧めすると、申し伝えております。
 しかしながら、その件に関しては、“私(わたくし)に任せて欲しい。”と、仰り、それ
 以降、話しは進んでいなかったかと、記憶しておりますが…。」


と、言う事だった。


“如何いう事だ。”と、道明寺会長は、首を捻るしかなかった。
自分が倒れてから現在まで、経営に関しては楓社長に一任して来た。
しかも、身体に良くないからと、会社の情報は道明寺会長の耳には一切、入らない様に成っていた。


“これがこの結果か?”と、楓は道明寺会長より、罵倒されていた。
もう、楓の力では成すすべも無かった。



楓の思惑通りに進んでいた筈だったのだが…



楓は、この失態に寄り、夫で有る道明寺会長の信頼を失墜させる結果となってしまった。






好きに成ってしまった訳…<あき桜>  6.



<あきらside>


俺はF4の集まりに呼び出された。
気分的には、そんな気が起こらねぇんだけど、“ぜってぇ、来い‼”と、言われると、行かねぇ訳には行かないよな⤵。


って、事で来て見れば、F3&牧野&優紀ちゃんが居た。


『何でだ?』状態の俺?


「よう、あきら、やっと来たか?」
「如何いう事だよ?」
「ああ、お前の為だろ。
 良い情報も有んだよ‼」
「はぁ~??」


訳が分かんねぇ?
俺は首を傾げるしかなかった。


「美作さん、桜子、この前の合コン、何も無かったんだって…。」


言われている意味が分からんのだが…、牧野??


「………何も無かったとは?」
「だ・か・ら、男の人と出て来たのは出て来たらしいんだけど、そのまま別れて帰ったん
 だって…。」


はぁ~??
そんな事、有んのかよって言うか、そんな事、出来んのかよ?
浮名流しの桜子に…?
よっぽど、男が無能だったって事か?


まあ、何方にしても、何もなかって事だよな⤴。
何か、気分が浮上した気がした。
やっぱ、俺も気に成ってたって事だよな…⤵。
情けねぇ⤵。


「美作さんが桜子の事を好きに成るなんて思わなかったなぁ~。」


牧野、首根っこ掴んだような顔をするな‼


「美作さん、私は協力出来る程ではないと思いますが、T4で女子会した時に、桜子さん
 の様子伺いして於きますね。」
「………、有難う。」


牧野と、違って、毒気の無い優紀ちゃんには強く言えねぇんだよな。


「じゃあ、私は、桜子に後押しでもしますぅ~⤴。」
「ぜってぇ、余計な事するなよ、牧野‼」
「何で、私と優紀じゃあ、言い方が違うかな?」
「優紀ちゃんは毒気がねぇだろ‼」
「じゃあ、私なら、毒気が有るから強く出る訳?」
「当り前だろ‼」
「まあまあ、もう、その辺にしとけよ‼
 司の顔が般若の顔になってんだろ?」
「「………」」


俺とした事が、周りが見えて無かったとは…。
牧野に余計な事をされるのを避けたいばっかりに、無機に成り過ぎた。



勘の良い桜子は、もう、俺の何かを感じ取ってるかもな…?


まあ、それならそれで良いんだがよ…。
その辺を探ってもらうか?
否、牧野なら、ヤバいな?
桜子は、牧野の事は直ぐ読み取る所が有んだよな…⤵。
様子伺いだけしてもらうか?



「牧野、桜子の様子伺いだけ、頼むわ‼」





NYで会えるなら…<つかつく>  1.


<一部に不快に思われるで有ろう箇所があります。  不快に思われるようでしたら、お
 詫びします。>


 
分岐点とプロローグ…司の記憶が戻って、楓より1年の猶予を貰った司とつくし…。
          その後、司の父親で有る道明寺保が病に倒れ、司は、後継者とし
          て、道明寺HDには無くてはならない存在に成る。
          その為、楓が司をNYに連れて行ってしまった。
          後日、楓は、つくしに会いに、日本に帰国して帰って来た。
          つくしに会う為、牧野家を訪れ、司との1年の猶予を取り消し、
          今後、一切の道明寺家との関わりをお断りするとの誓約書を持って
          来た。
          つくしは、サインせざるを得ない状況だった為、楓が持って来た
          誓約書にサインをした。
          その後、司との連絡を一切経ったつくし…。
          司もつくしの事は気に成りながらも、気にして居られる程、暇では
          無く、司とつくしは、いつしか、疎遠に成っていった。
          楓の思惑通りに事は動いているかのように思われていたが…。



つくしは、司と、疎遠になってからも、家族皆のお陰で、英徳高校に残れていた。
しかし、あの、楓との一件以来、つくしの父親 和男が心労から病に倒れ、入院する事無く自宅療養中、病に負けてしまった。
つくしが高校3年の新年を明けて、直ぐの事だった。
その後、つくしの母親 千恵子も、和男の看病疲れからか、無理が祟り、つくしが英徳大学に入学して、直ぐ、病に負けてしまった。
相次いで、両親を亡くしたつくしは、英徳大学側と相談したが、特待生として、英徳大学に進んでいた為、そのまま、英徳大学に残れる事となった。
その後も、F3&T3とも仲間として付き合っていたが、誰も司の事は口にする者は居なかった。
つくしも大学の学業(特待生として、成績を落す訳にはいかなかった。)とバイトに縛られる日々が続き、司の事を思い出す暇は無かった。



それから、つくしと進は姉弟二人で、力を合わせて、何とか生活していた。


つくしが大学2年、進が高校2年になった頃、つくしが大学に提出した論文が教授に認められ、その年、京都にて行われた国際学生フォーラムのシンポジウムでつくしの提出した論文が発表され、つくしは、時の人となった。
海外でも、つくしは、時の人となっていた。
この情報を知った…、(NYに渡米したつくしが)且てNYで知り合った『キア~イ』のおじさんに声を掛けられる事になった。


「ツクシ、ワタシハ、アナタヲ、ズーット、ミテキマシタ。
 イッショニ、NYニ、イキマショウ。
 モチロン、オトウトサンモ、イッショニ。」


おじさんは、あのNYでつくしと別れて以来、つくしの素性・動向を調べ上げ、つくしを取り込む為に、日本語を勉強していたので有る。


つくしは、才女で優秀、性格良しの人物で有る事を分かった上で、NYでつくしを企業人として育ててみたいと思っていたので有る。


つくしは進と相談して、後日、相談結果を伝える旨をおじさんに伝え、その日は別れた。
そして、進が、“NYに行ってみたい。”と、言って来たので、NYに拠点を置く事にしたつくしと進であった。
F3&T3には、何も言えず、後悔はしたが、言えば、司に情報が伝えられるかも知れないという恐れが有った為、伝えずに、渡米したので有った。


F3&T3が気付いた時には、つくしのアパートは者家の空となっていたので有る。
勿論、英徳大学も個人情報の漏洩に当たるとして、大学の編入先は教えてもらえず(進の高校側も然り)、また、つくしと進の情報は一切、遮断され、見付け出す事は出来なかった。



あれから、3年は経っていた。