tukatuku-inotiのブログ

花より男子の二次小説です。 cpはつかつく・総優・あき桜

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さくらの日【あの笑顔を見せて】…<つかつく>  続編




3月27日…さくらの日
【『3×9(咲く)=27』の語呂合わせと、七十二候(時候を表す名称)の『桜始開(さくら
 はじめてひらく)』の時期が重なる事が由来との事】


<此の二次小説『さくらの日【あの笑顔を見せて】…<つかつく>  続編』の上の文面
 は、検索して、勝手に、拝借させて頂きました。
 関係者各位 様に於かれましては、勝手に拝借させて頂いて折ります事をお詫び申し上げ
 ます。>


<此の二次小説『さくらの日【あの笑顔を見せて】…<つかつく>  続編』は、『さくら
 の日』に合わせて3月27日に投稿し様と考えて居たのですが、3月28日に成ってからの投
 稿と成りました事をお詫び申し上げます。 
 了承の程、宜しくお願い致します。>
         


【『卒業式&Whiteday【あの笑顔を見せて】…<つかつく>  続編』の其の後】


つくしは、予想外にも、司が早目に日本に帰国して帰って来た事も有り、優紀と約束して居た『二人だけの卒業式パーティー』が出来なかった事で、或る計画を立てて、優紀に連絡を入れて約束を取り交わしたのだった。


勿論、其の日の司は仕事の日…だった事から、つくしは、此の或る計画を立てた事は言うまでも無かったのだった。


そして、つくしが其の或る計画を立てた日は、3月27日…だったのだ。


何故、つくしが3月27日に或る計画を立てたのか?
其れは、語呂合わせで、『3月27日』という日が世間では『さくらの日』と言われて居たから…だったのだ。


其れに、つくし自身、此の年は、暖かく、春の訪れが速い事から『開花宣言』がかなり早く、平年に比べると、『満開日』も早まるとの情報を得て居たのだ。


だからこそ…。
つくしは、『待ってました!』と、云わんばかりに、優紀を呼び出したという訳…だったのだ。



其の時のつくしと優紀との会話とは…。
勿論、ビデオ通話にて、連絡を入れて居たつくし…だったのだ。


「ねぇ、優紀…。
 『3月27日』って、暇…?」と…。



実は、此れ迄にも、つくしからそんな突拍子も無い様な連絡を受けた事の有る優紀は、何時(いつ)もなら気に成らない筈なのだが、此の日の優紀は、少し違って居たのだ。


“まさか、道明寺さん と つくしとの間で何か有ったのだろうか?”と…。


何故、そんな風に、優紀が考えたのかというと…。
其れは、司がつくしの機転のお陰で一命を取り留めたにも関わらず、つくしだけの記憶を失いNYに渡米した事で、其の後、あの笑顔を見せなく成ったつくしの事を心配して居たからこそ、優紀にとっては当然の勘繰りと云えたのだ。


だが、そんな風に、つくしの事を心配して居る優紀…だったのだが、“訊かなければ分からない。”と、思い直した事で、優紀は、つくしに訊くのだった。


「うん、3月27日は暇だけど…。
 何か有ったの?」と…。


其処で、つくしは、嬉しそうに、優紀に話しし始めるのだった。


「良かったぁ~。
 実は…ね。
 『3月27日』って、語呂合わせで、世間では『さくらの日』って、言われて居るらし
 いの。
 其れに、予想外にも、早く、司が日本に帰国して帰って来た事で、先に、優紀と約束して
 居た『二人だけの卒業式パーティー』が出来なく成ったでしょ!
 だから…ね。
 其の代わりって言ったら、何なんだけど…。
 “3月27日にお花見に行かないかなぁ~”と、考えた訳…。
 で、如何かな?」と…。



実は、ドキドキし乍らも、其処迄、つくしからのそんな話しを聞いて居た此の時の優紀は、ホッとして居たのだ。


“そんな話しで良かったぁ~。
 つくしからの話しは、『お花見に行く』事だったんだぁ~。”と、思える程…ホッとして居た優紀…だったのだ。


だからだったのだろう。
此の時の優紀は、ホッとした顔付きのまま、了承の意をつくしに伝えるのだった。
実は、つくし自身、そんな優紀のホッとした顔付きを見て居なかった事で、気が付いて居なかったのだが…。


「うん、大丈夫だよ。
 今は、バイトもセーブしてるし…ね。」と…。



そうなのだ。
つくしも、優紀も、4月からは、社会人1年生なのだ。


実は、道明寺家の女主人で在り、司の母親でも在る 道明寺HD 社長 道明寺楓からの指示に寄り、つくしは、卒論制作の為に、12月以降、道明寺邸のメイドとしての仕事をタマから辞めさせられて居たのだ。
其れに、此の頃に成ると、『英才教育』という名のレッスン付けも終了して居たのだ。


だからだったのかも知れない。
大学を卒業した後、“だったら、暇だし、バイトしたい!”と、考えて居たつくしは、バイト情報から短期のバイトを探して居たのだ。


だが、其の事を知ったタマは、道明寺家の女主人で在り、司の母親でも在る 道明寺HD 社長 道明寺楓に、其の事を報告するのだった。


其処で、司と結婚する事でつくしの姑と成る予定の道明寺HD 社長 道明寺楓は、其の話を道明寺家の使用人頭で在る タマから聞いた事で、つくしに連絡を入れるのだった。


「つくしさんがバイトを為さりたいので有れば、私(わたくし)が出す課題を熟しなさ
 い!」と…。


だからだったのだ。
司と結婚する事で自身の姑と成る予定の道明寺HD 社長 道明寺楓からそんな風に言われてしまったつくしは、「分かりました。」と、伝えるしか無く、(司と結婚する事で自身の姑と成る予定の道明寺HD 社長 道明寺)楓から出される課題を取り組む毎日と成って居たのだった。


だからだったのだろう。
『気分転換』との意味も在り、タマは、つくしに言って居たのだ。


「今年は、暖かいから、平年よりも桜の開花が早いらしいさね。
 偶には、お友達を誘って、お花見に行ってお出で。」と…。


だからだったのだ。
つくしは、お詫びの意味も込めて、優紀に連絡を入れて居たという訳…だったのだ。


そして、優紀もまた、4月から、社会人に成るという事で、そろそろ準備も有り、バイト自体をセーブし始めて居たのだ。


だからこそ…。
つくしにしても、優紀にしても、時間が有ると言えば有ったのだ。


そして、優紀からの了承の意の言葉を聞く事が出来た事で、3月27日のつくし と 優紀は、『二人だけのお花見』を楽しむ事と成ったのだった。



勿論、此のつくし と 優紀の『二人だけのお花見』は、司の知らない所で決行されて居た事は言うまでも無かったのだった。


何故なら…。
此の計画自体、事前に司に話しした事で、司から邪魔される事が予想出来たから…だったのだ。



実は、司の母親で在る 道明寺HD 社長 道明寺楓にしても、道明寺家の使用人頭で在る タマにしても、司がつくしに就けて居るSPにしても、此のつくし と 優紀の『二人だけのお花見』について、事前につくしから話しを聞いて知って居たのだが、一切、司には何も言わずに居たつくし…だったのだ。


だからだったのだろう。
其の事を後で知った時の司は、怒り狂ったのだった。


「恋人の俺に何も言わず、黙って出掛けるとは如何言う彼女(恋人)…何だぁ~‼
 つくし…いい加減にしろよ!」と…。



だが、既に、司と結婚する事で自身の姑と成る予定の道明寺HD 社長 道明寺楓にしても、道明寺家の使用人頭で在る タマにしても、此の件について了承して居たのだ。


“だから…。”と、いう理由(わけ)では無いのだろうが…。
此の時のつくしは、飄々としたモノ…だったのだ。


「お義母様も、タマさんも知って居た訳だし…。
 其れに、男性と二人っ切りで行った訳じゃ無いのに、其処迄、言われる必要有る?
 私と一緒に行って来たのは、優紀だよ!
 中学生からの私の幼馴染で親友の優紀だよ!
 “いい加減にしろ!”は、司…だっつーの‼」と…。


勿論、其の日の其の後(あと)の司 と つくしとの間には一悶着有り、司の頭の中では、中々、怒りが治まらず、結局、次の日(3月28日)の司の『犠牲者』と言う名の矛先は、F3…だった事は言うまでも無かったのだった。


そして、類 と 総二郎は、宥め役として、そんな司をあきらに任せて居た事は言うまでも無かったのだった。



PS.


3月27日のつくし と 優紀の『二人だけのお花見』は、其れは其れは、楽しく過ごしたのだった。


桜が満開に咲き誇って居た事も言うまでも無かったのだが、久し振りのつくし と 優紀との『二人だけの時間』…だったのだ。



実は、二人共、『卒論制作』と『卒論提出の期限日』に間に合わせる為に、其の日も久々に会ったつくしの『Birthday』の12月28日の前日で在る 12月27日以降、中々、会えずに居たので、つくし と 優紀は、心置き無く会えた事が嬉しくて仕方無かったのだ。
(司がつくしの記憶を取り戻して以降、つくしの『Birthday』の12月28日は、司に寄って、
 司 と つくしの『二人だけで一緒に過ごす日』と定められて居たのだった。)


だからだったのだろう。
勿論、「綺麗だねぇ~」とか、言い乍ら、お互い、満開の桜を楽しんで居た事は言うまでも無かったのだが、結局の処、何方かと言うと、お喋りの方を楽しんで居る様子…だった事は言うまでも無かったのだった。


という訳で、此の日(3月27日)のつくし と 優紀は、『二人だけのお花見』を楽しんだという訳…だったのだ。



そして、優紀は…と、言えば…。
そんな風に心からの笑顔で笑って居るつくしを傍で見て居て、凄く、嬉しかったのだ。


司がつくしだけの記憶を失いNYに渡米した後のつくしは、心からの笑顔で笑う事が無く成り、何時(いつ)も、作り笑いをして居たのだ。


だからだったのだ。
中学生からのつくしの幼馴染で親友で在る 優紀とて、長らく、つくしの心からの笑顔を見た事が無かったのだ。


だからだったのだろう。
中学生からのつくしの幼馴染で親友で在る 優紀にとって、そんなつくしの心からの笑顔を見て嬉しくて仕方無かったのだった。


“良かったぁ~。
 また、つくしのあの笑顔を見る事が出来て…。”と…。


実は、此れ迄の優紀は、“一日でも早く、『あの笑顔を見せて』…。”と、つくしに願って居た事も有り、此の日の優紀は、満面の笑みで、つくしとのお喋りを楽しんで居たのだった。


云わば、此の日(3月27日)のつくし と 優紀は、『さくらの日』の如く、『話しに花が咲いて』居たという訳…だったのだ。



fin



<此の二次小説『さくらの日【あの笑顔を見せて】…<つかつく>  続編』の一部の文面
 の中に、不快に思われるやも知れない言葉が入って折ります。
 了承の程、宜しくお願い致します。>

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