tukatuku-inotiのブログ

花より男子の二次小説です。 cpはつかつく・総優・あき桜

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航の入舎式【泣かずに居られるのなら】…<つかつく>  番外編




今春、ご入園・ご入学を迎えられる皆様、並びに、保護者の皆々様…。
此の度は、ご入園・ご入学、御目出度う御座います。



<此の二次小説『航の入舎式【泣かずに居られるのなら】…<つかつく>  番外編』は、
 入園・入学シーズンに合わせて綴って折ります。
 番外編の内容が行ったり来たりして折りますが、了承の程、宜しくお願い致します。
 また、本来なら、入学・入園シーズンと成る4月6日前後頃迄には、此方を投稿したかった
 のですが、少し、ズレての投稿と成って折ります事も、併せて、了承の程、宜しくお願い
 致します。>


英徳学園 幼稚舎の入舎式の前日の夜の航は眠れずに居たのだった。
勿論、興奮状態に在った事は事実だったのだが…。


何故なら…。
楽しみにして居た英徳学園 幼稚舎の制服に、漸く、航自身、袖に腕を通す事が出来るから…だったのだ。


だからこそ…。
航は、英徳学園 幼稚舎の入舎式の前日の夜、興奮して、中々、眠れずに次の日の朝を迎えて居たという訳…だったのだ。



実は、此の当時の航には両親が存在して居らず、そんな航の親代わりは、タマ…だったのだ。


勿論、例え、航の傍に両親が居ずとも、此の当時の航にとっては、タマさえ居てくれれば、其れで良かったのだ。


何故なら…。
産まれた時から(正確的には、産まれて5日後から)は、航の傍にはタマしか居なかったので、其れが当然だとさえ、其の当時の航自身、思って居た位…だったのだ。


だからだったのだろう。
英徳学園 幼稚舎の入舎式に関して、何の躊躇いも無く、タマと一緒に向かう事も出来て居た航…だったのだ。



だが、航自身、タマと一緒に英徳学園 幼稚舎の門を潜った際、英徳学園 幼稚舎内の光景を見て、タマに訊いて居たのだ。


「ねぇ~タマちゃん…。
 ぼく(僕)は、どう(如何)して、みんな(皆)みたいに、パパとママと一緒じゃない
 (無い)の?」と…。


そうなのだった。
此の当時の航自身、何と無くでは在ったのだが、此の場に居る園児達の傍に居るのがパパとママだと言う事を理解して居たのだ。


だからこそ…。
此の当時の航自身、タマに訊いて居たのかも知れない。



元々、航は、航に英才教育を行って(おこなって)居る講師陣達が認める位に、呑み込みが早く、頭が良かったのだ。
其処は、流石の司 と つくしの遺伝子を受け継いで居るだけの事は有ったのだ。


そして、航は、其れだけでは無く、感受性が強く、周りの雰囲気一つで、其の場の何かを感じ取ってしまう所が在る位…だったのだ。


其の為、タマは、何時(いつ)も、そんな感受性が強い航を気遣って居たのだ。


だからだったのだろう。
此の当時の航自身、自然と、英徳学園 幼稚舎内の光景を見ただけで、何かを感じ取ってしまったのかも知れない。



実は、此の当時のタマ自身、“まだまだ、航坊っちゃんは幼いさね。”と思って居た事も有り、航の両親(司 と つくし)について、此れ迄、話しして来なかったのだ。
勿論、司の母親で在る 道明寺HD 社長 道明寺楓から仰せ付かって居た事も有ったので、航に言える範囲は高が知れて居たのだが…。


だからだったのだろう。
突然、予期して居ない状況で、そんな風に航から訊かれてしまった此の当時のタマは、返答の言葉に苦慮して居たのだった。


だからだったのだ。
此の当時のタマは、「航坊っちゃんのご両親は、今は、日本にお出でに成らないんですよ。」と、言う事だけに留めて居たのだった。


だからだったのかも知れない。
そんな話しをタマから聞かされた此の当時の航は、渋々、タマに、其れ以上を訊く事を諦めたのだった。


「ふ~ん。」と、言い乍ら…。



そして、式次第が終了した後、園児達は、自分自身の保護者を伴って、各クラスに分かれて、担任の先生から名札を受け取る事に成ったのだった。
勿論、名前を呼ばれ乍ら…。


航は、自分自身の順番が来た時には、「道明寺航君」と、呼ばれたのだ。


勿論、そう呼ばれた航は、園児の皆同様に、「はい!」と、返事してから、先生の前迄向かい、担任の先生から名札を受け取るのだった。



其処で、園児の保護者(両親)達が口々に言い始めるのだった。
勿論、小声で…。


「今、先生から『道明寺姓』で呼ばれた園児が居たわよね⁉
 『道明寺姓』と言う事は、椿様の息子さんなのかしら?
 其れ共、司様の息子さんなのかしら?」とか…。


「確かに、“司様はご婚約為さった。”と、聞いては居るけど、司様はご婚約為さっただけ
 で、まだ、お子さんが居らっしゃらなかった筈…。
 と言う事は、道明寺家のご親戚のお子様なのかしら?」とか…。


「でも、何処を如何見ても、司様にそっくりです事…。
 もしかしたら、司様の隠し子なのかしら?」とか…。


「もし、隠し子だったら、年齢的には早いんじゃ無いのかしら?」とか…。


「やっぱり、椿様のお子様…何じゃ無いのかしら?」とか…。


「其れにしても、ご両親は居らっしゃらないのかしら?
 今日は、お越しでは無い様ですわね。」とか…。


「確か、現在の司様は、NYでしょ!
 其れに、ご婚約為さった司様のご婚約者の方も、司様とご一緒にNYに在住だと、聞いて
 居るわ。
 其れに、椿様は、LAでしょ!
 だからこそ、ご両親はお出でに成らないのかしら?
 もしも、そうだとしたら、お一人で日本だ何て、御可哀想に…。」とか…。



勿論、そんな園児の保護者(両親)達の声は、タマの耳にも届いて居て、タマは虫唾が走る様な思いで居たのだった。


だが、勿論、そんな思いを態度にも、口にも出してはいけない事が分かって居るタマは、平常心を装って居たのだった。


“航坊っちゃんに気付かれなければ、其れで良い。”と、考え乍ら…。



だが、何時(いつ)しか、航は、自身の周りの園児達が話しして居る話の内容に付いていけない自分自身が居る事に気が付くのだった。


何故なら…。
航の周りの園児達は、楽しそうに、両親と旅行に行った話し や 両親と遊んだ話しをする様に成って来たのだ。


だからだったのだろう。
航は、其の内、そんな自身の周りの園児達と距離を置く様に成って行くのだった。



そんな航を不憫に思って居たタマは、“如何にか成らないモノださね。”と、思わずには居られなかったのだ。


だからだったのかも知れない。
感受性が強く、司 と つくしの遺伝子を受け継いだ頭が良い此の当時の航は、周りの様子を気にする余り、人に甘える事も無く、また、人に頼る事も無く、そして、同じクラスの友達と遊ぼう共し無かったのだ。


だからだったのだろう。
此の当時の航が、唯一、心を許せる相手が居るとする成らば、其れは、自身の親代わりで在る タマだけ…だったのだ。



そうして、此の当時の航は、自身の母親で在る つくしの遺伝子を受け継いだと云えば其れ迄だが、其の内、自分よりも人(友達)の事を優先する様な優しい男の子に育って行くのだった。


唯、タマが危惧して居た事は、此の当時の航は、優しいという寄りも引っ込み思案で、一見すると、頼り無いと言っても過言じゃ無い状況…だったのだ。


だからだったのだろう。
此の当時のタマは、そんな航を見て居て思うのだった。


“もう少し、司坊っちゃんの様に図々しい所が有っても良い様に思うんだが…。
 もし、航坊っちゃんが司坊っちゃんの後を継ぐ様に成ったら、此のままで、航坊っちゃん
 は遣って行かれるのかね?”と、危惧する程に…。



だが、其の後の航は、何時(いつ)しか、司の後を継げる事が出来る程に、逞しく成長して行く事と成るのだった。



PS.


実は、此の当時のタマが司の母親で在る 道明寺HD 社長 道明寺楓から仰せ付かって居た話しの内容と言うのは…。
其れは、こうだったのだ。


「航の存在を世間に公表する気は毛頭御座いません。
 現在の司の中では、未だに、牧野さんの存在が消されたままです。
 タマも、其のおつもりで居らっしゃって頂戴!」と…。


だからだったのだろう。
此の当時のタマは、司の母親で在る 道明寺HD 社長 道明寺楓からの話しを聞いた後…航の事が不憫で成らなかったのだ。


“航坊っちゃんは、確かに、司坊っちゃん と つくしとの間に御生まれに成った息子様で
 在る事には間違いが無いのに…さね。
 其の存在さえも隠すだ何て…。
 航坊っちゃんは、何と御可哀想なのだろうか。”と、嘆くかの様に…。



だが、其の後、其の当時の航が翌年の4月から英徳学園 幼稚舎に入舎出来る様な年齢に達した或る日の事…。
司の母親で在る 道明寺HD 社長 道明寺楓からタマの下に連絡が入って来た時には、タマ自身、度肝を抜かれる位に驚愕するのだった。


「航を英徳学園 幼稚舎に入舎させる手続きを取りました。 
 タマが航に就いて行って、航の入舎式に臨んで遣って頂戴!
 英徳学園の理事長には、航の事を他言無用にする様に伝えて有るので、其のおつもりで、
 タマも居て頂戴!」と…。


だからだったのだろう。
此の当時のタマは、航に就いて行って、航の入舎式に臨んで居たという訳…だったのだ。



そして、だからだったのだ。
入舎式の際、あれ程、航の事を詮索するかの様に噂話を話しして居たあの園児の保護者(両親)達は、其の後、誰も、航の事に触れなく成って居たのだった。


実は、英徳学園の理事長は、司の母親で在る 道明寺HD 社長 道明寺楓からの話しを聞いた其の後、英徳学園に通う全ての保護者に対して、緘口令を敷いて居た事は言うまでも無かったのだった。



fin

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