tukatuku-inotiのブログ

花より男子の二次小説です。 cpはつかつく・総優・あき桜

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有り得ないっつーの‼…<つかつく>  1.




<此の二次小説『有り得ないっつーの‼…<つかつく>』は、私が、10年程して居た仕
 事の経験が基で、妄想した二次小説に成ります。
 もし宜しければ、ご覧下さいませ。>



<つくしside・回想>


牧野つくし  32歳  独身   
一応、イギリスにて、国際弁護士をしている。



私は、高校2年~大学3年の5年間で一生分の恋愛をしてしまった。


5年間と言っても、5年間の内、4年間は東京⇔NY間の遠距離恋愛だった。


4年間の遠恋の間、唯一、道明寺と会えたのは、私が高校3年(大学入学前)の時の静さんの結婚式の時 と TV TELの中だけ…。


それだけでも、顔を見れるだけで、私は、嬉しかった。


そんな、一生分の恋愛を私は、大学3年で終えてしまった。


それ以来、恋愛に臆病な私が居た。


道明寺が、英徳大学の4年分の授業料を一括で支払ってくれたお陰で、私は、英徳大学に残れ、卒業する事が出来た。


私は、英徳大学4年の時に、司法試験を受け、現役合格し、大学卒業後、弁護士事務所に入所して、司法修習生に成った。


1年間の司法修習生を経て、私は、弁護士に成った。


3年後、日本での弁護士としての限界を感じた私は、イギリスに渡英して、国際弁護士資格取得を目指して、ロースクールに3年間通い、イギリスの弁護士事務所でバイトをしながら、見事、国際弁護士資格(司法試験に合格)を取得出来た。


其の後の私は、イギリスに留まり、国際弁護士をしている。



私は、大学4年の時は、司法試験現役合格を目指していた事も有り、また、家庭教師のバイトを熟さなくてはいけなかった為、其れから以降、F3&T2とは疎遠になった。


唯一、優紀だけは、TELのみで遣り取りはしていた。
優紀から、“疎遠にだけには成りたくない。”と、言われていたからだった。



私と道明寺が別れなくてはいけなかった理由…。


それは、道明寺楓社長が私の目の前に現れた事からだった。


15年前に道明寺がメディアに残したあの名言…。
「4年後、迎えに行きます。」の期限の4年間が目の前に近付いていた矢先だった。


道明寺楓社長が私に言った言葉は、今も私は忘れられない。


「これは、公表して居ない事です。
 他言無用でお願いします。
 主人が先日、倒れたの。
 今度で、2回目なの。
 ドクターからは、無茶は出来ないと言われて居るの。
 このままだと、司への負担は相当なもの。
 あの子に…。
 司に無理をさせたく無いので有れば、司と別れてもらえるかしら?
 しかし、司には、分かれる理由は言わないで、司と別れる事のみ伝えて頂戴。
 貴女と司が別れた事が分かり次第、婚約発表して、政略結婚する運びと成って居るの。
 お分かりかしら。
 この事は、決定事項よ。
 貴女では、あの子を支えられないって事よ。」


つくしは、涙が出そうに成っていたが、楓の前で泣く事は悔しいので、堪えていた。


そして、つくしは、堪えながら、楓に伝えるべき言葉だけ伝えた。


「承知しています。
 こうなった場合は、速やかに、私は、後腐れなく別れる事を覚悟していましたの
 で…。
 今まで、勝手させて頂き、有難うございました。
 御子息のご活躍を心よりお祈り致して折ります。」


こうして、私と道明寺は別れる事に成った。


そして、私は、TELでは泣いてしまいそうだったので、道明寺には、メールを送った。


そして、私は、携帯を解約した。


今でも、新しく契約したアドレスは、多分だけど、優紀しか知らない筈。


優紀には、F4&T2には、“教えないで…。”って、伝えたので…。


道明寺と別れてから、11年経ったんだ。
あっという間だった様な気がする。


今は、イギリスに住まいを移したので、今では気が楽に成って来ていた。




<此の二次小説『有り得ないっつーの‼…<つかつく>  1.』は、<つくしside・回想
 >の為、短めに成っております事を了承願います。>

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